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2006年8月31日 (木)

福岡2日目

昨日に続いて福岡ドームで 巨人VS広島。

またも巨人完敗!

広島 黒田のピッチングは完璧。

最近ではこの黒田のようなピッチャーが少なくなっているのは残念。

ピッチャーはスタミナが一番。

その次はスピード、コントロール。最後は性格だと思っている。

頭の良さ、悪さは別モノ(過去の大投手の例から?)で、マウンドでの精神的な強さは身体の強さから生まれる!

それにしても客の入っていない福岡は、やはりソソフトバンクのものになってしまった!?

そして九州でも多かった巨人ファンが、ここでも少なくなったのかと複雑な気分。

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2006年8月30日 (水)

福岡1日目

今日は 巨人VS広島 のゲームが福岡ドームで行われた。

終了後、行きつけの“すずろ”へ。

前にも書いたが、ここは知人の榊原さんから紹介されて知って以来、博多出張の度に訪れている。

日本料理とはいえ馬肉、牛肉はもちろんメンタイコも。

このメンタイコは特別に仕入れてきてくれるので、どこ製かわからないが、やたらウマイ!

日頃あまり和食は食べないが、ここの料理はオヤジが一人で客全部の食べ物を作る。

心のこもった料理であることは、どの品が出てきても目で見ても、口に入れて味わっても感じるのだ!

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2006年8月28日 (月)

ニッポン放送

060829114527 野球を辞めて以来25年間、ニッポン放送にはラジオ中継でお世話になっているが、今日は「ショウアップナイターマンデースペシャル プロ野球実況!珍プレー好プレー大賞」ということで松本秀夫アナ、石川みゆきアナのコンビで午後五時半から90分の生放送のゲストに呼ばれた。

久し振りに石川みゆきさんと一緒だったが、かつて

「プロ野球 ズバッとど真ん中」という番組にレギュラーで出ていた時から20年くらい経っているのに驚く。これまた長い歴史だなぁ・・・。

野球を辞めて最初に声を掛けてくれたのがこのニッポン放送野球中継の仕事だった。

そして一昨年にはホリエモンのニッポン放送乗っ取り騒動があったりと、振り返るといろいろなことがあった。

このところかなりレトロな気分になることが多い。

今日も来てみると、まあ随分中は様変わりしたが、相変わらずラジオの良さが充満している雰囲気でいいなぁ・・・と感じた。

ラジオ中継はアナウンサーと解説者のコンビでやっているが、放送中はいろいろなアクシデントや、今思えばおかしなことを言ったりしているなと改めて思う。

名物アナウンサーだった深沢弘さんは、後輩アナの教育が徹底していて、現場での存在も凄かった。

それにしても、各野球アナの中継でのシャベリは殆ど芸術に近い!

こればっかりは素人には真似できない。

また自分のシャベリもさることながら、いかに解説者の話を上手く引き出すかも大事な仕事。

野球はラジオ!

これが終わる時が俺の野球の仕事が終わる時かも・・・!?

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2006年8月27日 (日)

龍園

ニッポン放送の中継が終わって、サンスポ記者連中を連れて恒例の食事へ。

甲子園近くの、これまた何十年来の行きつけ

『龍園』という中華屋に行った。

ここの家族とも長い付き合い。

かつて昭和51年、トレードで南海ホークスから阪神タイガースへ移って以来なのだ。

初めて行ったのは、その年の春のオープン戦がはじまる頃、練習が終わって田渕幸一さんがメシに行こうと連れて行ってくれた所がこの『龍園』だった。

それ以来、今日まで行き続けている。

しかしこの長い間、古い長屋の一角にあるこの店は改装もせず、あの大震災にも負けなかった。

改装といえば、ある時オヤジが「改装した」と言ってきたので、「どこを直したんや?」と尋ねたところ、

「ピンク電話をはずして一席分増やした」とのこと。

これがこの店唯一の改装だった。

初めてきた時から約30年間変わらず営業して、味もそのままで旨い!

甲子園に行った時は、こんな感じで古くからの店に立ち寄るのが楽しみの一つでもある。

阪神ファンを自認している人へ、

この店知らんと本当の阪神ファンとは言えんで!

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2006年8月26日 (土)

そば吉

205108261554000 蕎麦屋は日本の文化の一つだと思うが、日頃、近くの蕎麦屋にいくことが多い。

しかし、どこが一番旨いかというと、やはり何といっても甲子園のそばにある『そば吉』だ!

オヤジ、息子、奥さんの3人でやっているが、オヤジはヘンコツを絵に描いたようなヤツ。

春先、いつものように蕎麦を食って、帰りがけに

「明日もまた来るよ。しかし身体に気ぃつけや!次は俺かお前やな」と冗談を言って別れた。

次の日行ってみると、店の前に『しばらく休みます』と張り紙があって店は閉まっていた。

ビックリしていろいろ聞いたら、しばらくしてやっと事情がわかった。

あの日、店で別れた後、閉店してからパチンコ屋に寄って帰る途中、心筋梗塞でオヤジはバッタリ倒れたとのこと。

またもビックリ!

しかし大事には至らず、現在は復帰している。

オヤジに休まれると、旨い蕎麦が食えなくなるのが一番残念!

復帰してくれて本当に良かった。

お互い身体に気をつけないといけない。

また今日もいつもの ざる蕎麦、親子丼、カツ煮を食ってから甲子園球場に向かった。

いつ食ってもウマイ!

阪神ファンを自認している人へ、このそば屋を知っていると“さすが阪神ファン”と言われるで!

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2006年8月23日 (水)

高校野球

このところ高校野球の話題が世間をにぎわせている。

そのせいか、またもメディアから取材要請があってフジテレビ、テレビ朝日などに出演をした。

早実の斎藤投手、駒大苫小牧の田中投手の話題が中心。

しかし高校野球の歴史は脈々と続いている一例であって、こうして何度かヒーローを生み、世間が高校野球一色になったことがある。

この件で気づいたことが何点かある。

一点目は、やはり日本の中にある“野球人気”というものは国民の間に文化と言えば大げさだが、しっかりと根付いているということ。

最近、野球の不人気が言われているが、“野球人気はしっかりあるよ!”という証明をしてくれた。

二点目は、高校生でこんなに球数を投げて大丈夫か?ということ。

これは要するに“投げられる”ということをこれも証明してくれただけの話し。

思い起こしてみると、最近のプロ野球投手の球を投げるスタミナの不足は目に余るものがある。

この高校生たちを見ていると、今のプロ野球は変に過保護になって、球数制限とか分業制だとかで投手の肩や肘の保護を考えすぎていないか、今一度考え直してみる必要があるのではないかと思う。

それと同時に、ピッチャーとは何かを再認識するいい機会と捉えるべきではないだろうか?

約4200校ある高校の頂点に立った投手の将来は決してバラ色ではない。

むしろ進路を誤ると、その栄光も単なる想い出話しに終わることになる。

ゆえにヒーロー扱いはあくまでも今の時点での話題性の中であって、上には上がいるという気持ちでいることと、頂点に立った投手が上のクラスで大成する確率は低いということも考えておかないといけない。

一方、クラブチーム欽ちゃん球団が選手を半分にして縮小すると言っているが、まさしくいろいろな面で野球を続けることは難しい。

落ちこぼれを救うにも限度があるのが現実!

生易しい道ではないのが高校野球を含めた球界の現実だけに、高校球児の将来はいかに?

高校3年生になる春の大会で甲子園出場が決まりながら、部員の暴力行為で甲子園に出場停止、更には一年間野球部が解散して対外試合はおろか野球を取り上げられて夢破れた高校時代を思い出す度、「今の自分の人生があるのは、この苦しい時代があったからこそ」と思える。

栄光ばかりが人生ではない!

苦節も栄光に劣らず人生なのだと思う。

勝負事には勝者の美学、敗者の美学があるが、いずれも美学には変わりないのだ。

と、この高校野球の決勝戦で世間が大騒ぎする空気の中で、ふとこのような思いで野球界について思いを馳せておりました。

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2006年8月10日 (木)

塩ウニ

今春、テレビ東京の「田舎に泊まろう!」で突然押しかけていって泊めてもらった佐々木さんからウニを送っていただいた。

早朝、港で“ネカブ”の陸揚げ作業をしていた時食べた、おにぎりの中に入っていた塩ウニも入れていただいていた。

あの時はご飯の中に塩ウニたっぷりで、涙が出そうになるくらい旨かったな~!

早速、おにぎりにして食べた。

やはりウマイ!!

こんなに美味しい贅沢なおにぎりには、なかなかお目に掛かれない。

食通のエモト唸る!

「あの時、快く泊めてくれた佐々木家の人達、今頃どうしているのかな・・・」と時々思い出す。

あの素朴でのどかな村の雰囲気、そこに住む人達の雰囲気・・・都会の喧騒の中で慌ただしく過ごしている自分にとって、懐かしく塩ウニと共に思い出される。

また行きたいなぁ。

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2006年8月 6日 (日)

京丹後市主催の茨城GGとの交流戦を区切りとして!

060806_135601 京丹後市の峰山球場で『京都ファイアーバーズVS茨城ゴールデンゴールズ』の試合が行われた。

相手チームがどんな力かわからず対戦するもボロ負け。

茨城GG監督代行のかつての巨人鈴木康友の選手への指導力はさすがと思わせるところが随所にあり、欽ちゃんはふざけたようなファンサービスをゲーム中も行っているにも関わらず、選手にはきちっとプレーをさせているのは大したものだ。

まあ、欽ちゃんのファンサービスにお客さんが喜び、そしてプレーは真剣で、そういう意味では返す返すもあの不祥事は残念であった。

この日の暑さといったらめちゃくちゃ!

京都では39度と報道されていた。

そんな暑さの中、京丹後市峰山球場にはお客さんは最後までよく見ていてくれました。

心から感謝しています。

大阪からは知人がパン100個を差し入れてくれた。

いつもゲームがあるごとに必ず観戦にきて飲み物などを差し入れしてくれる。本当に有り難い!

さて、この京都ファイアーバーズは今年の3月に結成以来、チームを作ってきたが、こうしてどのチームともゲームが出来るし、

“京都にファイアーバーズあり“との認識もされて、それなりにチームの形も出来てきた。

以前にも書いたが、当初の目的を達成したので、少し早いような気もするがこの辺でバトンタッチすることにしました。

選手諸君、京都ファイアーバーズは京都の関係者の皆さん、自治体の皆さんをはじめ、それぞれの方のお蔭でこのような形が短期間にできたのだ。あとは京都に根付いて、クラブチームとして地元の人達と一緒になって活躍して欲しい。そして、そういう人達に支えられて野球が出来るのだという感謝の気持ちを常に忘れずに持っていて欲しい!

これからも全国でまだまだクラブチームが出来ると思います。クラブチームの活動が全国に広がることによって、将来的に球界の改革につながると思っています。まだまだ先にやれることがいっぱいあります。プロ球団を増やすこと、アメリカのように全国の地方都市に独立リーグ形式のプロ球団の創設。地域の活性化と球界の底辺の拡大、ベースボールビジネスの活性化など、将来の球界の夢は大きい。

それらの実現を目指して、エモトもこの改革の手助けをして、お役に立てればと思っています。

京都ファイアーバーズがこんなに早くチームとして活動出来たということは、全国にどんどん広がっていく証でもあります。今後とも何らかの形でこの京都を含め全国のクラブチームなどが大きく発展する為に協力したいと思っています。

京都ファイアーバーズ設立に際しまして、多くの皆さんのご協力、誠に有難うございました。一旦これで京都ファイアーバーズ監督という役を外させていただきますが、後任の監督はNPO法人の理事でもあるプロ野球OBの権藤さん、並びに理事の皆さんやプロ野球OBを含めた指導者によって直接チームを見て行ってくれると思います。どうか皆さん、引き続き温かく見守って下さい。

私の野球界改革への思いは「プロ野球をダメにする致命的構造(PHP研究所)」にも書いてありますので、よろしければご一読下さい。

日本の球界が一日も早く大きく変わっていくことをいつも願っています。

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2006年8月 3日 (木)

コメント取材について

日頃、様々なメディアから世の中の出来事についてコメントを求められることが多い。

新聞や雑誌のコメントは、記者から取材を受けてそれに答えるのだが、直接会っても電話にしても、割と長々と話しをしているにもかかわらず、コメントとして記事に出る時は結局前後を省略してポイントだけを載せることが多い。

しかし前後の話と連続性をもたせて載せない場合には誤解され、十分真意が伝わらないこともある。

そして時々取材を受けながら「わかってもらったかな・・・」と不安になることもあるが、それはそれで仕方がない。

また「これは書いては具合悪いよ」というニュアンスも伝わらず、載せられてしまうこともある。一般的には取材に答えたものは、手記や完全な一人インタビュー以外、殆ど記事になる以前にチェックすることはない。

また、テレビなどの取材でもコメントの前後をカットされ、ポイントだけを断片的に放送される時がある。まあ、それで効果的な場合もあるが、やはり誤解されることもある。30分くらい話した中で、放送されるのはたったの一言という場合もあり、まして放送を見るまでどんな風に編集されているのかは全くわからない。

最近の例だと、今週発売された三つの週刊誌でもコメントを求められた。今日読んでみたが、やはり前後がないので、当事者にとって気分を害するコメントになっているかもしれない。これは取材される側が答えて、それが記事になる場合、ある程度仕方がないこと。なぜならば、メディアがこのようなテーマを私に取材してくれるという有り難い気持ち、そしてその問題に対しての私の考え方を発言できる場を与えてくれるという価値観があるのだ。

コメント取材とはこういうもので、どのメディアもこのようなやり方で紙面作りや画面作りをしている。そして数十年間、いろいろなメディアがコメント取材を申し込んできてくれるのは、ある種自分の中では『誇り』と言えば大げさだが、それだけまだ存在感を認めてくれている証拠だと思っている。どんなメディアであろうとも、私がコメントできる内容であれば極力すべて応じる主義です。

まあ、今回のこの私のコメントは、紙面の都合上だと思いますが、前後の話をカットしてあるようなので読み手に不快感を与えたり、異論・反論があるかもしれませんが、決して誹謗中傷するものではなく、単に私の意見としてそこはご容赦願います。

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