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2006年6月27日 (火)

NPO法人京都ファイアーバーズ

060625_121001 6/25(日)に京都府南丹市美山町に行ってきました。

美山町は飛騨の高山に匹敵する美しい京都の奥の町で、以前より『京都ファイアーバーズ』に練習場を提供してくれています。

話しの延長線で子供の野球教室と講演のイベントをすることになりました。

町の観光センター近くでオバチャンがヨモギ餅を売っていて、つい懐かしくて

「これ食べたいー!」と思わず言うと

「一つ食べなさい」とくれたのでパクリ!

何と旨かったこと!!

人の良いオバチャンだった。

南丹市の佐々木市長さんとは以前から親しく、イベントの間中、一緒に付き合ってくれた本当にイイ人。

何かとお世話になり有難うございました。

京都ファイアーバーズの選手たちと2次予選以来、久し振りに会ったけど、また一段と頼もしくなっている姿に見えて安心した。

あまり今までチームの内情について話す機会が無かったので、たまにはと思って皆と話しをした。

まあ「やはり選手はグラウンドで力いっぱいプレーすることに専念したほうがいいよ」という感じ。

「頑張れよ!」という気持ちと

「今までオレはこんなにチームのことを思ってやってきたのに、この程度の感覚でしかオレを見ていなかったのか」

という失望感が半分。

しかし今後のチームを考えれば、今日の話し合いは良かったのかもしれない。

選手は“野球がやれる”という思いで、雑多なことは考える必要はない。

しかし、せっかくこのチームに入ったのであれば、野球だけではなく他にもいろいろな事を学ぶチャンスなので、将来きっと役に立つと思う。

また物事の本質や人間関係を常に頭に入れておくことも必要だと思う。

それから、これはオレ自身の問題だが、ボランティアや人に対する手助けなどは、人間が出来ていないと難しいな・・・とつくづく感じた。

若い選手を育てクラブチームから手がけていくことで、いずれは野球界の底辺拡大につながってゆくだろうと信念を持って、多少の我慢は承知の上はじめたことだが、なかなか大変で、オレには出来ないのかもしれない!

人のことをやっている場合じゃないだろうと、自分の周りから言われてるし・・・。

この『京都ファイアーバーズ』がNPO法人に認可されたのを記念して、7月10日(月)18:30から京都駅前の新都ホテルで設立記念パーティーを行うことになりました。

多くの人の賛同で認可されたので、今後の活動の拠点として、このNPOの果たす役割は大きいと思う。

ただこの設立に際して、私自身はNPOの役員にはなっておらず、いろいろなプロ野球OBを含めて、この会の趣旨に賛同した人たちが役員に名を連ねられています。

私はこのチームの単なる監督ですが、他にプロ野球OBも持ち回りや交代制で指揮をとってもらうことにしています。

私はあくまでもお手伝いですから、運営の実務にはタッチしておりません。

また、全国のクラブチーム、独立リーグ等の設立に対しては、協力を要請されれば、もちろん私自身ができる範囲で球界改革の一環としてお手伝いする立場でいるつもりです。

ただ今回もそうですが、難しいのは私自身が“人の為に”と思って活動しても、なかなか理解を得られなかったり、何の関心もなかったり・・・と嫌な思いをかなりしてきました。

前述の通り、それもボランティアの宿命でしょうか?

せめて周りの人間だけでも理解する“心”があれば救われるのですが。

尤も、その“心”が元々無い人を相手にしているのだから仕方ないにしても・・・。やはり私には無理かもしれません。

所詮ボランティアをする資格がないのでしょう。

その資格が自分の中に出来るまで、今ここで改めてこのボランティアから少し身を引き、距離を置くことにします。

「京都ファイアーバーズ」の皆さん、頑張って下さい。

まぁ、出来る範囲の協力はしますが、既に十分の存在を京都や球界に知らしめるという目的は達成していますから、あとは皆さんの努力で強いチームを作って欲しいと思います。

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山口洋子さん!

山口洋子さんがデイリースポーツに連載中の

“つれづれ日記”へ、私宛のお手紙を載せて

下さいました。

山口さんは、かつて私ら野球選手が有名になって、そして一流になったら出入りさせてもらえるという銀座の『姫』のオーナーで、その後、女流作家、作詞家として活躍されています。

私がペーペーのしがないパリーグ選手だった頃は『姫』に行くなんてことは夢のまた夢でしたが、阪神に移った頃、先輩でチームメートの田渕幸一さん達に連れて行ってもらいました!

初めて行った時は、キレイなオネーチャンばかりで

「これが銀座のクラブか!!」

と感心したものでした。

その後、ママである山口さんと面識ができて、今日に至っています。

山口さんの一番何を尊敬しているかというと、やはり昭和の時代を銀座という文化圏の中から、また様々な人脈の中から得た人格や才能が本当にスゴイということです。

そして我々、野球人の心をよくわかってくれていて、心底野球が大好きな山口さんは、以前はよく野球場に来られていました。

(今は足が悪くてあまりで歩けませんが・・・)

バッタリベンチで会うと、いきなりハグハグで周りの人はビックリ!

そして野球の話しに熱中することが多かったのです。

“野球とは”というテーマを心から話せる人は少ないのですが、私にとって唯一、野球の話しがわかってくれるのは山口さんです。

最近、野球の心がわからん人が球界の内外に多いのが残念です。

またあのベンチでハグハグしながら山口さんと野球のハナシがしたいなぁ・・・。

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2006年6月26日 (月)

アントニオ猪木さん

2006626inoki 横浜赤レンガ倉庫で行われた「アントニオ猪木VSモハメドアリ 対戦30周年パーティー」に招かれて、誠に恐縮ながら乾杯の挨拶を仰せつかりました。

パーティーで初めて、あの世紀の一戦をスクリーンのビデオで見せてもらったけど、隣席の坂口征二さんと一緒に感動しました!

坂口さんは当日、リングサイドでセコンドをされていて、若き坂口さんの姿もありました。

ご本人も「若かったなぁ・・・」とつぶやく。

やはり子息のイケメン俳優坂口憲二さんと若い頃の顔はよく似ている。

改めて見た試合は、猪木さんがアリ側の条件をすべて呑んで戦ったのですが、あれもダメ、これもダメで足を使うしかなかった戦い方は辛かったと思います。

見ていると本当に涙が出るくらい猪木さんの戦う姿は格好良かった!!!

イイものを見せていただきました。

猪木さんとはスポーツ平和党から参議院議員選挙に出て、同じ国会で仕事をさせてもらって以来の付き合いです。

今も当時の熱き心を持った猪木さんは、明日に向かって常にチャレンジする人で、私にとっても大いに励みになる偉大な人物です。

ますます元気で頑張って欲しいと心から思う一日でした。

パーティーはVIPのメンバーばかりでしたが、何故か(?)そこにサッチーと横峯さくらちゃんパパ良郎さんも出席されてました。

また私の尊敬する平和の石橋社長も出席されていて、本当に素晴らしいパーティーでした。

今日の格闘技の元を作ったと言っても過言ではない歴史的な一戦「アントニオ猪木VSモハメドアリ」は30年前の出来事とは思えないほどシビレました!

☆写真は隣のテーブルで、後ろ姿は猪木さん。

 隣は石橋社長。

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表敬訪問

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たまたま家人の知り合いで親しくしている加藤愛子さんという、奉仕活動などで社会に貢献することを生きがいにしているお茶の先生がいる。

今日はそのオバチャンのご案内で、高輪消防署と高輪警察署に表敬訪問に行くことになった。

まず高輪消防署は、女性で初の署長さんになったと新聞にも出ていた谷口署長さんを訪ねた。

気さくで温かい雰囲気の人で、ご主人は京都人で阪神ファン、ご本人は東京人で巨人ファンらしく、けんかになるから巨人VS阪神は一緒に見に行かないそう。

女性署長さん、頑張れ!

続いて高輪警察署へ。工藤署長さん、高島副署長さんが迎えてくれた。

お二人とも面白い人で、署長さんはダジャレ好き!

こんな署長さんだったら署内が明るくていいだろうな。

副署長さんは、かつて私が議員時代、内閣調査室の職員として勤務されていて、議員会館で時々私を見かけたらしい。

来年の武道初めにはまた出席して、社会を守るために身体を張って頑張っている警察官たちの日頃の武道訓練の成果を見るのが楽しみです。

悪人ども、一度武道初めを見てみな。かなり強いぞー!

住民の皆さんも一度見学したらきっと安心すると思いますよ。

ちなみに我がオヤジは高知県警の刑事でした。

そのせいか警察署の中はかなり精通してまっせ!

消防も警察も、日夜、私たちのために一生懸命働いてくれていることに改めて感謝!!!

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2006年6月23日 (金)

村上問題と球界改革

常々、日本の球界は12球団から増えもせず減りもせずで、本来、野球人口の多い中、プロ球団が大都市中心で開催されているのはもったいないと思っております。

地方にも、もっと球団があってもおかしくありません。

しかし、どうしたら球団数を増やすことができるか考えると、現状のプロ球団のように

1つの親会社がほぼ100%子会社の株を有する球団を持つ』という仕組みを変えなければ球団は増えないと思います。

皆さんの大好きな大リーグでは、現在メジャーリーグ30チーム、その下の3Aが46チーム、2Aが60チーム、1Aが52チーム、ルーキーリーグが61チーム、独立リーグが約50チームの計約300球団が全て、全米各地でゲームが行われているプロ野球です。

このように球団数が多い要因は、日本のような

『一つの企業が100%子会社の球団を持っている』

形態ではなく、

『複数の企業や個人投資家によって、グループ会社としての球団を保有している』

からです。

そのため数が多いのです!

日本ではセ・パ12球団と、4球団の四国独立リーグしかプロ野球はありません。

その少ないプロ野球を、さらに10球団・1リーグ制に縮小しようとした一昨年のことを忘れてはいけません。

野球人口(やる人、観る人)は日本のスポーツでは最多です。

おかしいと思いませんか?

高校球児は15、6万人いると言われています。

大学、社会人、クラブチーム、少年野球、草野球と支える人が多いのも最多です。

それなのにプロのチームが少ないということは、それだけ野球人口に対してのニーズに応えていないことになるのです。

12球団では少ないのです!

ましてや縮小すれば、それだけ野球を愛する人たちの減少につながります。

野球を愛する人達がこのことを考えて下さい。

そこで皆さんに、あの阪神タイガースの親会社である阪神電鉄買収問題の件に関し、あえて村上ファンドについての私の考えを聞いていただきたいと思います。

ご存知の通り、村上氏はインサイダー疑惑で逮捕されました。

しかし今回、村上ファンドが阪神電鉄株を買って大株主になったということで、結果的には球界改革、そして球団増、野球人口を守ること、プロ野球を守り、さらに発展させるにはいいきっかけを与えたのではないかと思っています。

何も乗っ取りや違法なマネーゲームを肯定しているのでは当然ありません。

しかし彼らのビジネスはさておき、これは球団が増えない原因である

1つの会社が1つの球団を100%持って経営する』

という形を変えるいいチャンスになると思ったからです。

誤解されている方もいるようですが、くれぐれも村上氏個人を認めているわけではありません。

ニッポン放送株を悪用して金を稼いだ挙句、ホリエモンの間違った社会的人気につなげ、世間を混乱させた張本人でもあるのですから。

乗っ取り屋で金を稼ごうとしたホリエモン、会社を粉飾して詐欺を働くようなこのような人達を快く思っているわけないのは、タイガースファンもあの星野さんもみんな同じ気持ちだと思います。

しかし村上氏のお蔭、いやいや所為で阪神電鉄と阪急電鉄が合併してしまったのです

阪神電鉄を守りたい人は、何故この合併には反対しないのでしょうか?

現実にはタイガースは何も変わりません。

むしろ阪神電鉄一社よりも遥かに資金も増えて、ますますいい選手をとって強いタイガースが生まれるかもしれません。球場のイスやトイレも今よりきれいになるかもしれません。

永遠に強いタイガースになるかもしれません。

このように前向きに考えると、決して合併はマイナスではないと思います。

そしてタイガースファンが忘れてはいけないことは、タイガースだけでゲームをやっているのではなく相手がいるということです。

他のチームは軒並み赤字で苦しんでいます。

それは『1つの会社が1つの球団を100%持って経営する』せいで、球団の赤字には本社からの補填にも限度があって、“球団に力を入れない”“金は出さない”というような会社がでてくるのです。

その挙句はまた10球団1リーグのような縮小の話が出たりする・・・それを一番恐れています。

何度も言いますが、一球団儲かって一球団潤っていてはプロ野球は駄目になります。

野球を志すプレイヤーもプロ球団が少なくなれば夢や希望の持って行き場が減り、それだけ野球をする人が少なくなり、やがて野球が廃れていくのです。

タイガースだけで野球をやることは出来ません。

今こそ、阪神と阪急の合併のように複数の親会社が球団を持つような球界に生まれ変わっていくべきです。

アメリカのメジャーリーグでは、1つの球団には複数のオーナーがいます。

5人~20人近いグループによって経営されています。

日本のように『野球もよく知らないオーナーが自分の好みや、単なるファン的要素でチームを運営する』ようなことをやっていると、いろいろな間違いが球界を駄目にする方向に行きかねません。

現に例を挙げればキリがありませんが、タイガースの歴史を振り返ってもわかるでしょう。

近鉄や巨人しかり、中日しかり、他球団を見てもわかるでしょう。

さて村上氏が逮捕されたことは、阪神電鉄の株を買ったこととは直接関係ありません。

天罰が下ったのは、ホリエモンと組んでニッポン放送株を買ったというインサイダー疑惑なのです。

私はニッポン放送の専属解説者で、ホリエモン騒動の時にはかなり反発しました。

野球ファンや多くの国民は、ニッポン放送やフジテレビの人が悪く、古い体質で、ホリエモンが時代の寵児だと支持したではないですか。

その時、ホリエモンと村上氏は水面下で株の買占めや乗っ取りを計っていたわけですから、この件で犯罪行為があったということです。

今回の阪神騒動は今一度、単にタイガースファンは、責任をすり替えて村上氏に株を買い占められたことの責任を回避することのないよう、阪神電鉄のお偉いさんに伝えるべきです。

タイガース球団は多くの熱心なファンに支えられています。

しかしやっと阪神、阪急という大きなグループによって支えられる市民球団に転換しようとしていることは、今後、他のプロ球団の経営改革につながる第一歩となるでしょう。

村上氏が阪神電鉄株を買わなければ、球界改革につながるきっかけは当分なかったことだし、『プロ野球はますますジリ貧状態になっていく』ことを思えば、“災い転じて福となる”“怪我の功名”と考えるべきです。

くれぐれも申し上げますが、村上氏がニッポン放送株についてホリエモンと組んで犯したインサイダーという犯罪は許されるべきではないし怒りを覚えているのです。

球界が手を差し伸べれば、まだまだ球界が発展する術はあると思っています。

多くのファンの為にも、今こそ考えていかなければなりません。

一つは経営改革(複数グループ企業・個人で持つグループオーナー制)、そしてもう一つは、恵まれなくても夢を持って野球に取り組んでいる人達や、クラブチームなどで野球をする人達の為の環境を作るシステム作りです。

私のこれらの意見は、直接話して説明しないとなかなか理解されにくいのです。

阪神電鉄株に関する取材なども沢山受けましたが、一部分しか掲載されないので皆さんに伝わりにくかったと思います。

さらに詳しいことは先日もご紹介した「プロ野球をダメにする致命的構造(PHP研究所)」に書いてありますので、興味のある方は読んでいただけると嬉しいです。

今こそ阪神が球界改革も含めて、球界のリーダーシップを取るチャンスだと思います。

既に南海、近鉄、阪急とプロ球団はなくなり、阪神にほとんど野球ファンは集中してしまったのですから、巨大な力として“モノ言う球団”としてタイガースが球界のリーダーシップを発揮する時がきたのです。

一部の人達の利益や利害のみで、このタイガースを利用してはいけません!

長い文章になってしまいましたが、読んでいただき有難うございます。

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2006年6月19日 (月)

サブちゃん

今日は金沢厚生年金ホールで行われた北島三郎さんのコンサートへ。

知人から頼まれ事をされ、図々しくも北島さんに直接頼んでしまった。

何とまあツライ頼まれ事か・・・と苦しかったけど、北島さんは「いいよ!」と軽く引き受けてくれた。

さすが大御所サブちゃん!嬉しくて涙が・・・。

付き人の藤原マネージャーが楽屋に案内してくれたが、本当にいい人!

他のスタッフもみんな腰が低くて温かい人ばかり。

北島さんの人柄を表しているなぁと感心した。

頼まれた事も北島さんはしっかりやって下さり、知人と大感激!

こんな頼みも面倒がらずに聞いてくれるサブちゃんという人は、何という器の大きい人なのでしょうネ。

しかし挨拶に行った楽屋の暑かったこと!

多分、舞台の前は冷房など入れずに体調維持をされていたのだろう。

舞台では30曲ぐらいをぶっ通しで歌うのだから当然だけど、このプロとしての厳しい体調管理はすごい。

怪我ばかりしている巨人の選手は、是非このプロ根性を見習って欲しい!

忘れもしない25年前のこと・・・。

「ベンチがアホ」でクビになった翌日、大阪から追われるように向かった大阪空港で、ばったりサブちゃんに会った。

その日の朝刊全紙に

「エモト爆弾発言!」などと書かれ大騒ぎだったので、当然サブちゃんもその事態をご存知だった。

みんな掌を返したように俺のことを見ぬふり、知らんぷりしている状況の中だったが、サブちゃんに挨拶をしたら

「大変だなー、何か今後困ったことがあったらいつでも来なよ!」

と温かい声を掛けてくれたのだ。

感激のあまり思わず言葉に詰まって、こらえていた熱いものが一瞬こぼれそうになってしまった。

クビになったということは当然無職で、これからのことを考え本当に途方にくれていた。

そんな時にかけてくれたこの言葉を忘れたことはありません。

その日以来、勝手に恩人と思わせていただいて尊敬しています。

何かと気にかけていただき、声をかけて下さっている関係で、今回も甘えてしまいました。

またしても恩人です!

北島さん、スタッフの皆さん、有難うございました。

翌日帰りの飛行機でも偶然一緒になりました。

私の身長の半分ぐらいですが、サブちゃんより更に更に低い姿勢でお礼を言って別れました。

北島三郎さんを人間国宝にしよっ!!!

文中では気安く“サブちゃん”と呼ばせていたたきスミマセン!

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2006年6月17日 (土)

PTCA

2006615kanazawa5 6月15日に知人の紹介で、金沢市立材木町小学校へ。

PTCAの行事で“一日先生”として、講演のようなものと、体育の授業のようなものをさせてもらった。

ちなみにPTCAとはParents(親)、Teacher

(先生)、Community(地域社会)、Association(組織)の頭をとってつけられたもので、「親と教師と地域住民の会」ということのよう。

保護者が見守る中、1部は授業を、続いて2部はリトルリーグの子供たちに野球教室を行った。

小学4年生にこんなオッサンの話しを聞かせるのはかなりツライことだったが、誰一人雑談することもなく、行儀良く耳を傾けているという品のある子供達だった。

一日、子供たちと過ごしたけれど、やはり可愛いね!

この中に以前、原監督のサインをもらってあげた知人の息子繁太郎君もいたが、そのお礼をきちんと言っていた。

きっとお母さんの躾がいいのだろうな・・・と感心した。

野球教室はお手の物で、こちらも楽しかった。

後日、2クラス70人の子供たち一人一人が書いてくれた授業の感想文を持ってきてくれた。

みんな心を込めた丁寧な字で、講演で語ったことを踏まえて感想を書いてくれてあった。

ちゃんと話したことを理解してくれたことも嬉しくてジーンときてしまった。

お礼にそれぞれの名前を入れたサインを送り返してあげたけど、さて、この子たちが大きくなって、どのくらいこのオッサンのことを思い出してくれるかな・・・とか、成人したころ俺はかなり老いぼれているな・・・とか複雑な気分だった。

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2006年6月16日 (金)

チキンカツサンド

昼間事務所にいる時、たまに近所の芝商店街へランチに行っている。

12時を少しでも過ぎようもんなら、サラリーマンの人達であふれかえって、ランチを食べる店探しが大変!

寿司屋、蕎麦屋、鰻屋など、多少行きつけの店もあるのだが、今日はたまたま通りかかった

「KAZASAYA」さんというお店に入った。

雨はしつこく降っていて遠出するのも億劫だし、珍しく朝食をしっかり食べていたので、あまり腹はへっていなかった。

最近できるだけヘルシーに(!?)と考えているので、軽めの“チキンカツサンド”を注文した。

実はこのお店は二度目なのだが、初めて入った時に食べたものはあまり印象的ではなかったのか全く覚えていない(ゴメンナサイ!)。

ところが今日の“チキンカツサンド”は絶品!

チキンがしっとりジューシーでとにかくウマイ!!

(グルメ番組のよう!?

あまりの美味しさにちょっと驚いたので・・・。

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2006年6月12日 (月)

神戸空港

2006612koubekuukou

月亭八方さんの番組

「バーばーヤング」の収録で久しぶりにサンテレビへ。

懐かしいサンテレビの人や、タイガース選手時代から知り合いの元デイリースポーツ記者だった平井常務のお世話で出演することになった。

やはり関西のトーク番組は面白いね!

その帰り、初めて“神戸空港”から乗ることに。

いろいろ問題があるかもしれないが“便利”の一言。

我々のように、全国あちこち移動しなくてはならない自由業にとって、いたる所に空港があるのは有り難い!

反対派の皆さん、ごめんなさい。

ついでに北陸から関西にも飛行機を飛ばして!

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2006年6月10日 (土)

危険球

2006610hannsin2gun たまたま都市対抗野球大会京都府第二次予選のゲームが早く終わったので(詳細はゴルフダイジェストのブログを読んで下さい)、京都から甲子園の鳴尾浜球場に阪神VS広島の二軍戦を見学に向かった。

クラブチームの何か参考になるかと思い、阪神二軍責任者の上田二朗やチーフトレーナーの猿木忠男らと会っていろいろ話しているうちにゲームが始まった。

ゲーム開始早々、広島の若い投手が先頭打者に3球目のボールを投げたところ、肩口にボールが抜けて、僅かに肩をかすめるデッドボールを与えた。

するといきなり若いアンパイアがマウンドに集まって、その投手に『危険球退場』とコールしてしまった。

その瞬間、「ナニを考えているんや??」とカァーっとしてしまった。

二軍戦は観客もタダで、当然日本では育成が目的のゲームなのに、肩口から頭に近いところにすっぽ抜けのボールを投げただけで退場させるとは、全くバカげたルールを作ったものだ。

“危険球”というのは、以前セ・リーグで巨人が長嶋監督の時にゲーム中、デッドボールの当て合いのような混乱が起きたことから、当時の川島という野球を知らないコミッショナーが、全く野球を無理解な役人的発想で、単純に頭の近くにきたボールは即退場というルールを作ってしまったのだ。

そもそも“危険球”は、わざと当て合いをして暴力沙汰にならないため作られたルールで、すっぽ抜けて頭の近くにきたとしても目に近いので一番逃げやすい。

本来、打者のどの部分に当たっても、デッドボール=テイクワンベースというペナルティーが投手には与えられているのだ。

その元々の理屈が分かっていないから、すべて『危険球即退場』などという野球をダメにするルールを作ってしまった。

ルールだから、それを二軍のアンパイアが忠実に守るのは仕方ないとしても、こんなルールで二軍の選手が育つはずがないではないか!

二軍の打者も、身体近くにすっぽ抜けてくるボールを素早く避けるのも『訓練』『育成』の一つではないか?

また投手は、内角に投げると当てる恐れがあると、ビビッていい球が投げられず萎縮してしまっては力を伸ばすこともできまい。

内角のきわどい球は投手の生命線。

一刻も早く『危険球即退場』のルールを解消し、わざと投げたボールに対してのみ即退場というルールにすべきだ。

野球を知っているアンパイアの技術に任せるルールにするのが正しい。

ましてや、試合開始早々、デッドボールをわざと投げるやつはいないだろう。

野球は本来、格闘技で危険なスポーツだ。

投手だってピッチャーライナーや折れたバットが顔に向かってきたら、またわざと空振りしたふりをして投手へ18.44mの距離からバットを投げたら・・・とか危険はいくらでもあるのだ。

ならば打者のみがヘルメットでカバーして、危険から守られながらプレーするのは不公平だろう。

当てられる打者は被害妄想になることが多いが、この思いを野球を知らない素人が受け入れてしまったというのが、この『危険球即退場』のルールなのだ。

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2006年6月 9日 (金)

池永さん

200667ikenagasan 久しぶりに博多の池永正明さんの店

『トー